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はり重の歴史

はり重は皆様のおかげでもうすぐ創業百年を迎えます。

肉は播重

道頓堀の入り口に位置する「はり重」の歴史は、遠く辿ると大正時代にまで遡ります。
江戸時代には「はり重」という芝居小屋も大阪ミナミに存在していたと聞いております。
1919年(大正8年)、初代社長藤本喜蔵が大阪府堺市で小さなお店を開業いたしました。
そして数年後には、その当時一大繁華街だった新世界の真ん中にすき焼き屋兼精肉販売の店を開店し、大人気を博したそうです。

芝居好きの食道楽が集う道頓堀へ。

1948年(昭和23年)、戦後になって、はり重は現在の地・道頓堀に移り店を構えます。
この時、従来の和食に加えて洋食も店舗のひとつに加わりました。
当時の洒落人たちの間でこれも評判になり大盛況でした。

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当時の道頓堀と言えば多くの芝居小屋や劇場があり、芝居好きの食道楽が集う地でした。
粋な旦那衆や奥様方、或いは花街のお姉さま方が「ハレ」の日の御馳走として通われ、それに伴われ役者さん、芸人さん、文化人や外国人の方にも足を運んでいただけるようになりました。
特に映画全盛だったので、その頃の大スターや有名歌手の方々には足繁くご来店いただいたものです。

現「アメリカ村」に大宝寺店オープン

1970年(昭和45年)、西心斎橋の地に独立店では二号店となる大宝寺店を開店いたしました。
現在は「アメリカ村」と言われ、大阪を代表する若者の集まる繁華街として有名な街ですが、当時はそんな面影もなく商家が集まっていた落ち着いた街でした。
開店当初は、現在も残るすき焼きを中心とした和食とごく小さな軽食の店がありましたが、1986年(昭和61年)に店舗を拡張して洋食部門にも力を注ぎ、現在に至っております。

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現在も賑やかな喧噪の街の中にあって、一歩門をくぐれば静謐な別世界が広がり、敷地の半分以上の日本庭園や池の鯉、四季折々の木々など昔ながらの佇まいは、お客様に大変ご満足頂いております。

~現代

その後、はり重はデパートにも出店いたします。
1966年には大丸心斎橋店で精肉店が開店し、2005年にはイートインコーナーも設置されました。
また、2010年には大阪高島屋にも食品売り場とイートインコーナーができ、たくさんのお客様にご利用いただいております。

岸里には社員寮と食品工場を建設し(1970年)、今後もお客さまにさらにご満足いただけるよう、努力し続けてまいります。